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オレの異種格闘技戦体験記

 1997年10月11日。プロレス対グレイシー柔術という異種格闘技戦が東京ドームで行われた。
 柔術は講道館柔道の基礎となったものだが、日本でもほとんど忘れ去られた存在だった。それが何故かブラジルに残っていて、約70年前に前田光世という日本人柔術家が教えたという。柔道と柔術の決定的な違いは、柔道が近代的スポーツになっていく過程で捨ててしまった技が、柔術には数多く残っていて、それはすなわち当て身技や立ったままでの関節技などヤバイ技があるというワケだ。

 これらの試合のルールは『バーリ・トゥード』という、噛みつきと目つぶし以外は何でもありの完全決着ルールで行われる。 
 ここ数年このグレイシー柔術が、格闘技界にデカイ面をして「地上最強」だの「400戦無敗」だのとヌカしてエラそうにしているので、プロレスファンのオレとしては、この試合はプロレスにいっちょ頑張ってもらい、柔術とやらにキャン言わしてもらいたかった。

 オレはこの試合を本当は生で観戦し歴史の生き証人となりたかったのだが、遠距離なのとチケット代が高額なコトもあって、ビデオを購入するコトにした。

 コトの発端は、このビデオであった。

 この試合のビデオは完全前予約制で販売されるとの事で、まず10月9日までにコンビニに予約した者だけが、その12日後つまり10月21日にビデオを入手できるというワケだ。
 つまり予約した時点では、試合の結果はわからないのである。
 オレはこれくらいのリスクで動じるようなヤワなプロレスファンではない。思い立ったら吉日だ、すぐにコンビニに走り予約の手続きをした。
 ビデオの代金は\9500-。これを全額前払いにはホンの少しびびったが、オレは「プロレスこそ最強・・・」とつぶやきながら、予約手続書に名前を書き込んだ。

 10月11日。夜。東京に住む親友タツミからオレの元に速報の電話が飛び込んできた。
「プロレス、負けたで・・・」
 試合はグレイシー柔術側の完勝だった。
 タツミもオレと同じヤワなプロレスファン」ではない。
「・・・これで終わりやとは思わんけど・・・やっぱショックやな・・・・・・」

 この日からオレの苦悩の日々が始まった。
 小学生の頃から信じてきたプロレスが負けた。いいところなく負けた。この信じたくない現実が、オレの頭の中をグチャグチャにしてくれた。
 そして10月20日が来た。ビデオ発売の前日である。
 この頃のオレにはもうある決心ができていた。
「プロレスが負けたのなら負けたで結構。それよりも、その闘いがどれだけのモノであったか見届けるの  が、本当のプロレスファンではないか」
 苦悩の日々に対しての結論はこれであった。
 そして何かスッキリした気分のオレは、ビデオ発売の前日であるコトをわかってはいたがコンビニに出掛けたのである。
 オレの頭の中では、森高千里が「♪ララランラ〜ン、行〜かなくちゃ!」等とノリノリで唄っていた。

 事件はここで起こったのである。

 その時間は夕方で、店内は立ち読みをしている若者と、弁当を何にしようか考えている風なオッチャンと、暇そうにレジに立っているおネエちゃんだけであった。
 オレは店内の空気から、立ち読み兄ちゃんも弁当オヤジもすぐレジを使わないコトを察知した。そしてオレはレジのおネエちゃんの前に立ち、財布の中からビデオの予約券を取り出した。

「あのー、これ・・・」
 と言いかけた時に、弁当を温める電子レンジの横に、オレが予約したビデオがあるのを見逃さなかった。
 本来オレは、ビデオは明日の何時に取りに来ればよいかを聞きに行ったのであるが、こうなっては状況が違う。
「あのー、これ・・・取りに来たんですけど」
 当然ではあるが、このビデオの予約券の中に大きく発売日も記入されてあり、おネエちゃんはこの欄を見てこう言った。

「これは明日発売ですので、今ありません」
 しかしここで引き下がっては本当のプロレスファンではない。
「でも、その後ろにあるの、このビデオちゃうん?」
 ここで初めてビデオを確認したおネエちゃんは、大きなミスをした。それはビデオに貼り付けてある用紙を、オレの持ってきた予約券と照らし合わせたのである。

 それはどうやらカーボン複写とやらでできていて、どちらの用紙にもオレの書いたデッカイ字でオレの名前が書いてあった。
 もうこうなったら流れはこっちのモンである。オレの予約したビデオがここにある。そしてそのビデオにはオレの名前まで書いてある。さらにオレがここに取りに来ている。しかも代金は全額前払いしてある。
・・・どこに問題があるだろうか。オレには問題があるとは思えなかった。

 オレはおネエちゃんがビデオを手渡すのを待った。しかし無情にもカノジョはオレにこう言った。
「これは明日発売なので、今お渡しできません!」
 オレはかなり頭にきたが、出きるかぎり落ち着いて、どうしてもダメかと改めて問うた。
「どうしてもダメです!」
見上げたプロ根性である。

 では、さっきから明日発売、明日発売とウルサイ位言っているが、明日の何時に取りに来ればいいのかと、オレは続けて聞いた。
 今日の日付は12時に変わる。24時すなわち0時の深夜に取りにくれば手にするコトができるのか?
 その際23時55分に来たんじゃあ、オマエは渡さないつもりなのか?
(すでにオマエ呼ばわり)

 オレはマシンガンの様に喋った。なぜならばオレは筋金入りのプロレスファンだからだ。一刻も早くこのビデオを見る義務があるのだ。
 するとカノジョは思いもよらぬ攻撃にでた。
「ワタシ、アルバイトですんで・・・」
 オレの怒りは頂点に達した。
 もうこれは客と店員の会話ではない。
 オレ対コンビニの全面戦争である。

 オレの純粋なプロレスを愛する気持ちを「アルバイトですんで・・・」等という言葉で簡単にかたずけようとしたのである。
「オマエじゃあ話にならん!エライヤツ出せ!」
 気が付くと、立ち読み兄ちゃんも弁当オヤジも、何や何やといった表情でオレを見ている。
 結局エライヤツも出てこないまま、オレはそのコンビニを後にした。
 一応、何時に取りにくればいいか電話してくれるコトとなったのだ。

 そして夜がやってきた。

 オレは、かかってこない電話を前にかなりいらだっていた。
 あそこですんなり帰ったのはオレの失敗ではなかったか?
 プロレスが負けたのは、もしかしたらあのおネエちゃんが大きく関係しているのではないかとさえ思いはじめていた。

 くそっ!やり場のない怒りにオレはもう参っていた。
 そんな時、ついに電話のベルが鳴った。
 聞き覚えのあるその電話の相手は、コンビニのおネエちゃんではなく、親友タツミであった。ヤツはオレが出るなりこう言った。
「おいっ、聞いてくれ!今な、吉祥寺のコンビニでな・・・・・・」

 非公式ではあるがこの日、日本中のコンビニで、プロレスファン対コンビニ店員の異種格闘技戦が繰り広げられた様である。

【1998年キングフィッシャーズクラブ会報にて発表】


1998年にキングフィッシャーズクラブの会報に発表した作品。
アウトドアに全く関連しない異色作として各方面で話題を呼んだノンフィション。個人的には、この作品をもって社会派になったと思ってますが・・・
誰もそんなコト思わないみたいで・・・そりゃそうだわなあ・・・

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