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ペダル踏みしこの山 
ボクの所属するMTBクラブ・マウンテンポテトの会報『 月刊ポテチ 』。
『ペダ踏み〜』はここで連載をしていました。内輪ネタが多すぎますが、熱い情熱が伝われば・・・と思い、厳選バックナンバーを徐々にアップします。

なお、現在『 月刊ポテチ 』は休刊中です。

転がる石と燃える闘魂

 先日大阪ドームに行ってきた。
 といっても近鉄バファローズの応援に行ったのではない。
 ゴッド・オブ・ロックンロールと呼ばれるザ・ローリング・ストーンズのワールド・ツアーである。

 ポテトの仲間であるクッシーやbooやN子ちゃんも見たので、そのステージの興奮はすでにポテトの中にも聞こえてきているコトだろう。
 クッシーはヴォーカルのミック・ジャガーを見て「あぁ・・・セクシー!」と目をウルウルさせていた。
 ボクも基本的には同感で、54歳のオヤジとは思えないパワーを見せてもらった気がした。

 ヴォーカルのミック・ジャガーとリード・ギターのキース・リチャーズ。
 事情が込み入っていてとっても複雑な経過を辿ってはいたが、今この2名がストーンズのフロントマンである。7歳の頃から一緒に学校に通っていたカレらは、どちらも54歳である。
 54歳!54歳!54歳!54歳!54歳!
 ボクは身近にいる54歳で、あそこまでの男がいるであろうか考えた。

 それはもちろん上っ面な部分などではなく、内面からみなぎる情熱を持っているかという意味でだ。
 54歳!54歳!54歳!54歳!54歳!
 いた!
 身近じゃあないけれど、ひとりだけ!スゴイのが!
 ケタはずれの毒を持った男がいた!

 その名は・・・アントニオ 猪木。

 カレらの共通点をボクなりに定義するとしたならば、ひとつの答えが見つかった。
 それが何かというと、常に一番スゴイものを求めているというコトだ。
 そしてこれが現代にとっては異端になりつつあるというコトも、一つの発見だった。

 ザ・ローリング・ストーンズ はこの後も世界中をツアーでまわるが、アントニオ 猪木 は4月4日・東京ドームで現役に引退を告げる。
 よしっ、決めた!
 オレもMTBで転がり続けよう。毒をまきちらしながら・・・

【1998年4月1日号に掲載】



朝日のあたるMTB

 愉快な外人ティム・タケウチがカリフォルニアに帰るコトになり、サヨナラパーティーに行ってきた。
会場が尾道というコトで、車で行こうか電車にしようか考えたが、H田Y昭と一緒にMTBで行くコトにした。

 ティムは少し遅刻したボクたちを喜んで迎えてくれた。マウンテン・ポテトの仲間であるI川H章もすでにMTBで来ていた。
 ボクたち以外はティムの友人でだそうで、妙齢な女性から2メートルの大巨人まで、大勢で多国籍な
パーティーだった。

 2次会はなぜだか我々ポテト軍とジミーという名のティムの友人の5名で飲んだ。
 H田は高校時代に自分の卒業式をサボってまで自転車で旅を続けたという、極めて豪快なエピソードを持っている男であるが、この2次会では尾崎豊の「卒業」を唄っていた。
 きっとカレも思うところがあるのだろう。

 その後、ティムとボクは、スクラッチノイズを口でやったり、ラップやア・カペラ等で大いに盛り上がった。今思うと、カラオケスナック側としては全くおもしろくない展開だったろう。
 やがてこの店にも閉店の時間がやってきた。

 ティムがアメリカに帰るのは淋しい気もするが、「きっとまた逢えるよ!」とカレはボクに笑ってそう言った。
 静まり返った深夜の尾道の街角でカレに別れを告げ、ボクは2時間かけて家路についた。MTBで朝帰りとなったのはこれが初めてである。

 体はベトベトの上、睡眠不足で疲れているはずであったが、ティムがいつも口ずさんでいたイーグルスの「デスペラード」が、なぜだか頭の中でグルグルと回っていた。

【1995年8月1日号に掲載】


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